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3月10日は、かつて陸軍記念日でした。
 その祝節に日本の鼻を挫こうと東京大空襲が行われ、下町の大半を焼夷弾が焼き、64万個がしょうしつ、22万人とも言われる人が罹災しました。
 日本にとっても首都が焼かれる異常事態でしたが、この時、多くの歴史的文物や史料も多く失われました。
 以下の写真は、昭和12年に再建立された龍宝寺の初代川柳句碑の写真で、再建の中心となった村田周魚翁が写っています。
 この碑は、天保10年に五代目川柳によって建てられた初代川柳辞世の句碑が関東大震災(大正12年)によって失われた事から、東京の川柳家を中心に全国の有志がこぞって再建立したものでした。
 それが、わずか8年後に空襲によって木っ端微塵になってしまったのです。
 今も世界各地で戦争があり、空爆後などの瓦礫を見るにつけ、多くの命と共に文化財や知識が喪われたのだなあと思わされます。
 戦後10年を経て、昭和30年に句碑は3回目の建立となり、今日に受け継がれています。
 川柳という小さな文化も、意志の強い先達のお蔭で今日まで引き継がれてきました。
 川柳の歴史文化に誇りを持ち、愛情が持てる存在にしていきたいものです。
「戦争の中の川柳」RyuTubeもご覧くださいませ。
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