名古屋番傘川柳会7月句会
水川会長、芭童さんと3人で出席しました。さだ彦さんは、「宮沢賢治資料」が、今日までに待ちきれなくて、昨日の朝に我が家へ持ちに来ました。すごく喜んで「明日の昼飯はワシが奢るでね」と言ってくれたんですが、今朝、体調が思わしくないと電話があり欠席。奢ってもらう件は来月に持ち越しになりました。
出席者...【続きを読む】
雨ニモマケズ…とのご縁
6月29日の夕方、縣さだ彦さんから「あんたのPCで、宮沢賢治が『雨ニモマケズ…」を発表した日を調べてくれんかや」と電話がかかりました。
東北砕石工場の嘱託を務めていた賢治が壁材のセールスに上京し再び病に倒れ、花巻の実家に戻って闘病中だった1931年秋に使用していた黒い手帳に記されていたもので...【続きを読む】
「川柳豊橋番傘7月号」の発送が完了しました。
今朝9時過ぎに、自宅から3キロばかりの所(牛川町)にあるクロネコさんの営業所に持ち込みました。できれば、7月1日までには届いて欲しい…。
クロネコさんを出て間なしにケータイがなり、車を止めて電話にでると、牛川町に住んでいる川柳友達からでした。「今、牛川まで行って帰る途中、なあんだ、喫茶店でも連れ...【続きを読む】
川柳の神様に感謝!
昨日のPM4時頃までに、明日(26日)の私の予定として考えていたことは、第22回「くれない」川柳句会に出席。PM3時に終る予定なので、その後、直ぐに「第9回鈴鹿市民川柳大会」へ向かい懇親宴の仲間に入れてもらう予定でした。勿論カラオケにも。
生きているうちには、いろんな事があって、「すずか」の懇親宴...【続きを読む】
7月号の編集、順調に進んでいます。
今朝、10時半過ぎだろうか、ふっと、編集後記に書きたいことが浮かんできて、事務所に誰も居なかったのを幸いに「豊橋番傘編集室」に変身。4、5行書き出したところに、1回目の校正を終えた水川会長が事務所に。「今回多いよ(直し)」と言う水川さんに、「こんな内容の事を書こうと思って…」とPCを覗いて読んでも...【続きを読む】
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