今年は、私にとって家業が変動の年で、「川柳」に集中できない1年でしたが何とか健康で年が越せます。
26日で仕事納め、印刷屋さんも仕事納めで、2026年1月号の入力を焦らずにじっくりと考え進めています。水川さん宅に1度目の校正を27日の夕方に届けました。
家の裏の工場にはトイレの位置を直すことになり水道やさんが来てくれて、石巻工場の再開は着々と進んでいます。来年からは身の丈に合った人員でほそぼそとした家業に戻ろうと進めています。消してしまった屋号の看板の位置には、また家業名を復活させようと楽しい日々です。
28日には、亡くなった長女の長女家族が到着。急に賑やかなになりました。
仏間に布団を敷いて楽しい夜になりまはた。
29日は、孫一家が帰るのに相乗りさせてもらい、春日井リハビリテーション病院に転院した妹の見舞いに送ってもらいました。
再会した妹の話す内容は、人は魂で生きていて身体は借り物。それを実感する内容でした。彼女が気掛かりで気掛かりでしかたなかったであろうことを、私にあったとたんに「お姉さん‥‥」と話してくれました。私は「そう、良かったね」と聞くばかり‥。心残りが無いよう、亡父が神様が計らってくれたのだなと感謝で涙をこらえました。
面会時間は午後2時から5時まで。4時に入らないと面会できない。姪の話では、妹は1週間くらい前からこの内容の話をするようになったと言う。妹の連れ合いも来てくれて、二人ずつしかできない面会を交互にしました。
1時間だけの面会では帰れない…。
孫娘に電話し「今夜はおじいちゃんとおばあちゃんを泊めてくれない?」「いいよ」ということになり、姪が春日井のアピタまで送ってくれてフードコートで待ち合わせ。姪と孫一家との再会もなりました。
30日は2時に合わせて孫一家に妹の病院へ送ってもらいました。
病室に入るなり「お姉さん、待ちかねていたよ」昨日とは全然違う普通の会話を楽しみました。姪が来てくれ、妹の連れ合いも来てくれ、私が昨日持って行った靴下が履きたいというので、それに履き替えたりしました。
帰りの高蔵寺駅までは姪が送ってくれて。私が「今日は昨日の話はなかったね」と言うと姪が「安心したんだよ」「そうだよね。良かったね。最後がどのような状態になるのかが心配だったけど、穏やかなで安心した」「容態が悪くなったことを叔母さんに知らせようか迷っていた時に来てくれて嬉しかった。」と姪が言う。
高蔵寺駅からは、秀さんとの小旅行。名古屋駅から新幹線乗り場へ。秀さんには案内窓口に並んでもらい、私は新幹線自動販売機にトライ。買えました。で、秀さんのも販売機で買って、新幹線売店で夕食用の弁当を買い、また二人旅。豊橋駅からは飯田線に乗り換えて豊川駅まで、タクシーに乗って石巻へ到着。
皆さんより少し早い、正月気分を味わいました。
自分も整形外科・内科、歯科と病院通いが増えて、いろんな人間模様を見ます。今、気になる事は、生き方よりも死に方でした。今回妹に会い、神様が心残りをきちんと整理して楽にして下さるという事が分かり、これからも自分に正直に生きようと思う2025年終わりの感想です。
皆さま、一年間遅筆な私のブログを支援して下さり、ありがとうございました。
良い年越しの夜をお過ごしください。
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