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亡父が大変お世話になった親父さんがいました。

亡父が起業できたのは、親父さんの「娘(私です)を連れて来い、そしたら独立させてやる」の一言でした。私が親父さんと初対面した時に、親父さんから「俺は個人会社だけど、有限会社にして〇〇(亡父)さんも社会保険に入れるようにしろ。社会保険労務士を教えてやるから」のアドバイスをもらいました。

25年前の初夏頃だったと思いますが、大病で入院をしていた親父さんが、今、事務所に来てるぞ、と言う事を、工場に居た私に教えに来てくれた方がいて、私はすぐに親父さんの事務所に走りました。親父さんがいました。私が「おやじさん…」と傍に行くと、親父さんは「順子ちゃん、俺はもうだめだ」と言う。「親父さん、そんなことを言わんでよ」と、手を握りあいました。それからすぐに私は工場で仕事をしている夫の所に行き「親父さんが来ている」と伝える。夫も走って親父さんに会いに行きましたが、もう、親父さんには会わせてはもらえませんでした。

親父さんが亡くなり、

お盆休み後から、夫が、親父さんの従業員と仕事を引き受けさせてもらう事になりました。新しい屋号で。

3月27日の朝礼時に25期を無災害で終えられそうだと感じ、「皆のおかげで25年会社が続けられました。4月1日からは26期になります。26期からは娘が加わります。どうか、これから先も宜しくお願いいたします。心ばかりですが『創立25周年特別給付金』を3月31日に出させていただきます。振り込みます。」と挨拶しました。そしたら、従業員の数名が「現金で…」と言う(笑)その中の一人が3月31日に受け取らずに帰りました。やっと、昨日、手渡す「頼んだけど、忘れて振り込んだなと思っていた」と嬉しそうに言います。

給料を振り込みにする事は、給料袋に現金を入れるという手間と緊張感は解消されるけど、給料を現金渡ししていた頃の方が、経営する方と働く方との距離感の蜜が保たれていたなあと、久しぶりに親父さんの手の温みを感じています。

 

 

 

 

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