昨日の朝、付けていたテレビから「「※※※かつじさん」と言うのが聞こえてきて、「かつじ?」懐かしい名前だなぁと、
私は、一気に50年くらい前にタイムスリップしました。
父方の祖母は、なかなかの商売人で、最初に、長男夫婦に、煙草も商う食料品店をさせ、店の前がバス停でした。
隣の部落と合流する三叉路の所が、いずれはバス停になるからと、長女夫婦に酒と塩を扱う食料品店を、長男夫婦の店からは500mくらい上の所でさせました。
長男夫婦の所から近い川沿いに澱粉工場が出来ると、末娘に、工員さん目当ての食堂をさせました。
町の方で、市営住宅が建ちだすと、二男夫婦が、煙草も酒も塩も商う食料品店を開店しました。
小さい時の私は、病気ばかりしていたそうで、大病をした時に、巫女さんに占ってもらったら、「もう一親をたてなさい」と言われたとかで、たばこ屋夫婦に親になってもらい、日常の私の呼び名は『八重子』ということに決まったんだそうです。でも、父が『八重子』という名前があまり好きでなくて、『順子、順子』で育ちました。
私と同じように巫女さんに名前をつけてもらって命拾い(?を)した従兄弟がいるんですが、従兄弟のほうは、今でも巫女さんにつけて貰った名前で呼ばれています。
たばこ屋夫婦には、女の子が一人いるだけで、しかも、もう大人になっていたので、私は大事にされて、盆とか正月には、そちらから服が届くことが多かったです。
小学校高学年になった頃から、私は学校から帰ると、たばこ屋の店番をするのが日常になっていました。
お店は、川も近かったので、洗濯にきた叔母ちゃんやお姉さんたちの憩いの場所でもありました。
ある時、大きいお姉さんと同い歳のお姉さんが、「うちの『かつじ』がね、順子ちゃんのこと好きなんだって」っていいます。その後はもう、洗濯に来たお姉さん方の暇つぶしの恰好のネタになっていきました。
1歳上だったし、親戚でもなかったので一度も話したことがなかったのに、
ひやかしのおかげで、親のたばこを買いに来てくれても、手渡す時に、ぎこちなくなってしまいました。
その『かつじ』さんが中学を卒業する頃だったと思いますが、そこの一家は都会へ引っ越していきました。
その一年後に私も愛知県へ。
数年が過ぎて、「かつじが死んだよ」と、風の便り。
なんでも、お兄さんのお嫁さんと恋をして、二人で心中をしたんですが、彼だけが亡くなったんだとか…。
彼ならありそうなぁ、と、たばこを渡す時に、ぎこちなく手と手が触れ合った、あの日を思い出した、
若い若い、あの日を、昨日また、久しぶりに思い出しました。
書きこんだのを読み返していて、またひとつ、『かつじ』さんにまつわることを思い出しました。
私が次女を亡くす、ちょっと前くらいに、何故か『かつじ』さんが二度も夢に出て来て、
夢なんて一度もみたことなかったのに、なんでかなぁ…どうしたんだろう…とは思ったんですが、そう気にもかけなくて、
それから、私は子供を死なすという谷底に落ちました。
かつじが知らせたかったんは、この事だったんだ、気をつけなさいという知らせだったんだ、取り返しのつかない事をしてしまった、と泣いた日を。
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