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ここ数日、水川さんと2月号の校正を行っています。毎月の事ながら、哲郎さんのエッセイに二人で和みます。
哲郎さんは、NHKラジオ番組にもよく投稿され読まれていて、うちだけで勿体ないなぁ…と思う事しばしばですので、久し振りに公開します。

切なかったお正月の思い出    加藤 哲郎
 お正月、心静かに年賀状に目を通していると、ラジオから「春の海」の琴の音が聞こえてきます。穏やかな初春、元旦にはこんな句が似合う。
 春の海ひねもすのたりのたりかな   蕪 村
小学校の頃、元旦は出校日だった。裁縫室で校長先生のお話を聞き、教室に戻ると担任の先生から一人ひとりに紙に包んだ紅白のまんじゅうをいただき家に帰った。小学校を卒業するまでこの習わしは続いていたように思う。高台にある学校の校庭から眼下に広がる景色を眺めると、澄み切った初春の三河の海が太陽に照り映えキラキラと輝いて見える。まばゆいばかりの神々しさだ。まどろむようなあの情景は眺めているだけでゆったりとした気分になった。
 お正月が来るたびにこんな思い出が甦る。二日の朝、母親から「今日は形原の姉ちゃんが来るのでしっかり挨拶するんだよ」と言われ、私は心臓が破裂しそうなくらいドキドキしてしまった。どういう訳か私は小さい頃から人見知りが激しく知らない人は無論のこと、誰か来ると挨拶どころか家の中に入って出て来なかった。
 私には姉が三人いた。一番上の姉は生れるとすぐに子のいない豊橋の伯母の養女になり家から離れた。次女は学校を卒業すると「跡継ぎが欲しい」請われるままに叔母の住む形原へ行った。可愛い盛りの女の子を手離した母親の悲しみはいかばかりであった事か。それだけに愛しい我が子を迎える母親の嬉々とした顔が今でも浮かんでくる。
 朝十時を過ぎたころ門の近くに姉の姿が見えると、弟と妹は飛んで行って姉を迎えお年玉やお土産をいただき大はしゃぎしていた。母親の後から隠れるようにしてその光景を見ていたら母親から「あんたの姉ちゃんだよ、恥ずかしがらんで挨拶しなさい」と言われ蚊の鳴くような小さな声で「あけましておめでとうございます」と息絶え絶えに挨拶をした。言葉使いとともに品の良い立ち居振る舞いの姉がとても私の姉とは思えないくらいまぶしく映った。
 姉は今、創業百十八年という老舗のせんべい屋さんの女将さん。八十四歳にして車を器用に乗りこなし現役で頑張っている。私はこの年になっても今だに姉を「姉ちゃん」と呼ぶ。少し前、くだんのお正月の思い出を尋ねると「そんな事があったのね」と私の弱点をやんわりと受け流してくれた。もう六十年以上の月日が経った。あの正月の風景は切り取った絵を見るように、正月が巡るたび昨日の事のように目に浮かんでくる。

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