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 昨日、番傘本社編集部長の菱木誠さんに、教えてもらいたいことがあり電話をかけました。

その時に、参与の岩井三窓さんが、22日に亡くなられていたことを聞きました。

まだそんなに前の話ではないですが、名古屋番傘会長の奈倉楽甫さんから、楽甫さんが大阪に行かれた時に、三窓さんのお家に泊まっって来た。養女さん(確かそういってたと思う)が甲斐甲斐しく面倒を看てくれてて、穏やかに暮らしていると、聞いてました。奥様の澄子さんと、あれからの積もる話をされている頃でしょうか。どうぞ、安らかに。

12月の番傘本社の例会は、三窓さんの追悼句会になるそうです。

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  1. 閑雲 on 2011年9月30日 at 8:21 AM :

    おはようございます。また、番傘の重鎮が逝去され残念です。わたしは、岩井三窓先生と直接お会いしてお話したことはありませんが、先生の「紙鉄砲」「紙鉄砲Ⅱ」は愛読書です。いろいろ聞いてみたいこともいありました。それも叶わぬこととなりました。天国では、奥様とつもるお話をされていることでしょう。ご冥福をお祈りします。

    • 鈴木順子 on 2011年10月2日 at 5:07 AM :

      閑雲さん、
      私も、「紙鉄砲」「紙鉄砲Ⅱ」は、いつでも読めるようにコピー機横の本棚に置いてます。川柳で、初めて鑑賞文を書いたときに、ちょこっと引用させてもらった文があったのを思い出して探すけどみつからない。また読み直さなくっちゃ!です。
      でも、他に私がアンダーライン引いてある文の一つを
      紙鉄砲 『褒める』から
      「一見何でもない当たり前の句に、作者は渾身の思いを込めている場合がある。選者はこの作者の気持ちをくみ取る努力を惜しんではならない。しんどい仕事ではあるが、これが選者の責務である。それが作者の意図に外れた、望外の買いかぶりであっても結構。作者の手を離れた句は、独立したいのちをもっている。私の惚れた句には、私の息吹が込めてある」平成12年2月
      閑雲さんとこは、昨日今日がお祭りなんですよね。閑雲さんの着る法被は「若者」「老年」のどっちですか?
      うちの祭りは8・9日です。和田の綱火は無形文化財ですので、「老年」が頑張ってますけど…。

      • 鈴木順子 on 2011年10月2日 at 9:03 AM :

        ふと思い出した。「老年」じゃなくて「中老」だった。
         寝ぼけてたは、私。
         今なんとか、「めいばん」5題のうち3題作れた。
         身支度しなくっちゃ!

        • 閑雲 on 2011年10月2日 at 5:40 PM :

          私は「中老」です。来年から白装束を着て老津神社本殿に上がるお役も回ってきます。このお役は男性の大役なので三年勤めます。笹組の「笹踊り」の奉納から男性ばかりのお役ばかりでしたが、「巫女の舞」という小学生の女の子の奉納が始まり神社も華やいでいます。お祭りは一年で一番興奮します。

  2. 高杉千歩 on 2011年9月30日 at 8:25 AM :

    岩井三窓さんのご冥福をお祈り申し上げます。

    ブログで毎日のご活躍を拝見させて頂き有難うございます。
    三窓さんには最近は一年に一度しかお目にかかりませんが、忘れないでいつも少しの時間近況をお話し合っていました。今年もお目にかかれると、楽しみに致しておりました。
    年賀状の名簿が淋しくなります。ブログを拝見していなかったらお届けしているところでした。
    「番傘人間座]が手元にありました。
      平成4年、「こだわりが嬉しい大正もん同士」
    まだまだご本はあるのですが秋の夜長に懐かしく偲びながら読ませて頂きます。

    始めてのコメントに失礼お許し下さいませ。
    家業と川柳のご活躍にいつも感動しております。
    ご無理なさいませんようにお過ごし下さいませ。  千歩

    • 鈴木順子 on 2011年10月2日 at 5:42 AM :

      千歩さん、はじめまして。
      書き込み有り難うございます。嬉しかったです。
      私は、番傘誌友近詠選者では、岩井三窓さんの前の選者、亀山脇恭太学校の最後の卒業生です。大阪の大会で奥様の緑さんに会うと挨拶をさせてもらっています。元気な姿が嬉しいです。
      で、三窓さんは、仰ぎ見るばかりの人で、雀舎さんと一緒のところを遠くで見つめて(憧れ)いて、ちょこっとした挨拶だけの仲(?)でした。
       『川柳 豊橋番傘』の編集をするようになって、厚かましくも三窓さんに読んでもらいたくって、雀舎さんと二人でおられる時に、お渡ししました。そしたら、雀舎さんが、三窓さんに「うちのも送りましょうか」と。
       それがご縁で『番傘みどり』誌との交換誌が続いていますが、『番傘人間座』誌は読んだことがないです。
       千歩さん、もしよかったら、千歩さんが、三窓さんの句のなかで感銘されてる句など、ちょこっと紹介してください。
       三窓さんが亡くなられて、番傘事務局も大変だったのか、いつもなら1日に届く番傘誌が、今月は届いてないです。

  3. 高杉千歩 on 2011年10月2日 at 9:04 AM :

    お早うございます。
    わたしが目覚めた頃、はやパソコンを開けていらっしやるのです。
    「番傘みどり」と交流されているのですね。友人を紹介し喜び合った頃もありました。
    恭太さんの何かの記念に頂いたお名前の入った珈琲カップを今でも愛用しています。
    緑さんには「大阪川柳の会」で、お独りになられてからお目にかかりご挨拶しました。その後も呼名を聞いてお元気を喜んでいました。
    竹森雀舎さんとは「吹田川柳会」でよくご一緒でしたが、昔になります。
    毎月、各地の「句報」25冊ばかり頂いていましたので、創刊号、他記念に残して整理しました。
    これを機に、振り返ってみたいと思っていますが。加齢と共にスロー、マイペースで捗りません。
    60代に戻りたいです。羨ましいです。
    素晴らしいお元気に驚嘆しています。
    益々ご活躍のブログから、元気を頂き有難うございます。
    涼しくなりました、お大事にお過ごし下さいませ。  千歩

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