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  川柳のことではないですが、20日の我が社の忘年会の事をちょこっと

 私が28歳の時父と始めた会社は「是枝鉄工所」 主にSCセグメント(陸のトンネル)を製作させてもらっていました。従業員は20名前後で春には花見、年末には忘年会を楽しんでいました。

ほんのちょこっとだけ縁のあった外国人から、3年くらい前かな?電話があり、私に見せたい写真があると言う。

「今は仕事は忙しくないけど会いたいからおいで」と言うと、じきと来てくれて、写真は元気な頃の父も居る懐かしい花見の時のものでした。

 でも、平成10年から主に下水道(地下のトンネル)のSSセグメントを製作していた会社の社長が亡くなり、そこの従業員を引き受け、新たに会社を設立しました。暴れん坊将軍、一匹狼が数人居る集団でして…。

 2つの会社は給料支払日が違うし、決算日も違うしで、私が忙しく、元請からの売掛金支払日が早い、後から設立した会社に纏め、「是枝鉄工所」のほうは休業届けを法務局に平成14年にだしました。

 そんなんで、花見も忘年会も夏の暑気払いも「もどき…」と名づけて、仕出し弁当を食べる昼食会がずっと続いていました。

 なんとまぁ15年ぶりの忘年会です。

 セグメントの番頭さんと、建方治具の番頭さんには、後でまた機会を作るからと、目配り気配りをお願いしました。それと、おバカになって楽しませてくれた人には豪華出演料(?)の記念品を20個用意しました。

  1時間くらい過ぎてからカラオケタイムへ、スタートは夫と相性の合うペルー人(平成10年からいる)と二人で「べサメムーチョー」を、

  何とまぁ、懐かしい「あきらのズンドコ節」 「みよちゃん」 「マジンガーゼット」 尾崎の「アイラブユー」 ブラジル人が歌う「島歌」 ラテン系ナンバー…20個の豪華景品は完売。

 9時には会社まで戻りたいという事だったのに、9時になっても「万歳三唱」をお願いしていた元請職員は、「後30分いいなぁ」とみんなに呼びかける…。どうにかこうにか9時半には会社の門に到着。門の鍵が頑丈なものに変わっていて、職員数人とで、ああでもないこうでもないと苦戦をしながらなんとか開けました。ホッ!

 食べた食べた、語った語った、飲んだ飲んだ飲んだ飲んだ…請求書の飲み物の本数にびっくり!でも、「お母さん、ありがとうね」「奥さん、楽しかった」で、にっこり!

 23日、二人の番頭さんと「良かったネェ、無事に終って」「うちうちの事ならなんとかなるけど、職員が居たから、その中で事があっちゃいかんと気を使ったわ」 職人の集まりだから個性が火花することがまだまだある我が社の忘年会風景でした。(笑)

 

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