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昨日、AM10時前、事務所に担当部長が見えて、仕事の話などをして帰られてから、

じきと、また事務所へ「北さんが死んだ」「何?どういうこと?」名古屋に向う車の中で…。部長は確かそんなことを言ったような気がしたけど、呆然して時間が止まった。

夫が事務所に来て「北さんが死んだ」 夫婦して、北原さんがどんな状況で亡くなったのか聞くことも出来ないくらい呆然としていた。

11時前に番頭さん(今は元)からケータイに電話がかかる「順子さん、北さん死んだってよ」

番頭さんのほうがしっかりしてて、「ゴルフをやっててUもその場にいたらしいよ」と、ある程度の事を知っていました。通夜とか葬儀の日取りが決まったら知らせる事で電話をきる。

うちには、元請を定年退職した後に工場で助けてくれている従業員が数人います。Uさんもそうで、生憎と私はUさんのケータイ番号を聞いてなかった。

ゴルフならYさんも一緒のはずだと気付いたのが、PM2時を過ぎていました。私の「もしもし、Yさん、…」に、「北原さんの最期を看取ってきたよ、息子さんも間に合ったよ」

元請OBは毎週土曜日の午前中に、ゴルフ練習場に集い、ゴルフの練習やコーヒーを飲みながらの親睦をされてたとかで、さぁそろそろ練習をしょうかと動き出したなかで、ドタっと人が倒れる音がして……。人はそんなに、あっ気なく亡くなるものなのか、無常感でいっぱいになりました。

夫が「北さんは、みんなに別れを言いに行ったんだな、みんなに会いたかったんだな」

私達が北原さんに、担当職員としてお世話になるようになったのは平成10年9月からです。北原さんが62歳か63歳くらいまでお世話になり、その後、北原さんは去年の9月まで安全課で守衛さんをつとめられて、その間も立会い検査の前とか、新物件のかかり始めには工場を覗いてくれて、知恵を貸してくれました。

去年の11月末から今年の1月中頃までは、SOSの電話をかけたら、気良く出荷前の検査を担当してくれて、助けてもらったばかりでした。65歳になったばかりのはずです。

こんなにぼんやりしていてはいけない、そう思いながらも、5月号の編集がつづかない。

今朝、気分を変えて頑張らないと、と思い、朝6時からやっていると聞いていた『コロナの湯』に、そおっと起床して出掛けました。

 そしたら、なんと三重県の中山恵子さんにばったり。(コロナの湯はホテルも経営してます)

 彼女も手作りで 『現代川柳ミュー 』を編集しています。また、川柳の仲間に元気をもらいました。

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  1. 祥司 on 2013年4月22日 at 10:30 PM :

    順子さん
    ショッキングな話ですね。
    順子さんへの言葉が見つかりませんが、お気を取り直されてご自愛のほどお祈り申し上げます。

  2. 鈴木順子 on 2013年4月23日 at 6:00 AM :

    祥司さん、
    寝ているような、きれいな顔とお別れをしてきました。
    5月から、出荷が忙しくなるので、また検査をお願いしなくてはと、思っていたので……。
    気分を切り替えて、今日からは日常に戻ります。
    今日は事務所に、水川さんが校正の資料を持ちに来てくれる事になっています。
    行って来ます。

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