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ある句会で日露戦争を詠んだ句が登場した。お題は「宴」だったが、クロパトキンと乃木大将が宴を持ったというような句だった。日露戦争の一場面なのだが、ボクの記憶とはいささか違っていた。クロパトキンと乃木大将は戦いこそすれ、宴は持っていない筈だと思った。それはボクの記憶にある手まり歌の文句から来ている。

〽にちれつ連判破裂して 日露戦争始まった さっさと逃げるはロシアの兵 死んでも尽くすは日本の兵 五万の兵を引き連れて ハルピンまでも攻め寄せて クロパトキンの首を取り 東郷元帥バンバンザイ〽。ボクの記憶ではこうなっているのだ。

調べて見ると一部違っているところがあって、出だしは「一列らんぱん破裂して」というらしい。意味はよく分からないが。また「五万の兵を引き連れて」の次に、「六人残してみな殺し 七月八日の戦いで」というのが入るらしい。いずれにしても「クロパトキンの首を取り」だから、乃木大将と酒を酌み交わしたわけがない。乃木大将と会見したのは、敵の将軍ステッセルなのだ。これは「水師営会見の歌」に出て来る。「旅順開城約成りて 敵の将軍ステッセル 乃木大将と会見の 所はいずこ水師営」というものだ。こんなことを記憶している人も少なくなったと思うが、たまたまボクは手まり歌として歌っていたから覚えていたのだ。「水師営会見の歌」も今でも歌える。

日露戦争の勝利で歓喜に沸く中で作られた歌なのだと思われるが、実際には二百三高地で日本軍が多大な損害を被る厳しい戦いだったのである。このため乃木大将は凱旋後、多数の将兵を失った責任を痛感し、明治天皇に死をもって償うことを乞うたが許されなかった。ちなみに乃木大将はこの戦で二人の令息を失ったのである。句会の一句から思い出した昔話である。下の写真は水師営会見の記念写真、後列左から二人目が乃木大将で、中の軍人の一人は母の叔父である。

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