『「オーイ。由郁子、元気か。おじいちゃんです」。ちょっとふざけて、孫に初めての手紙を書いた。孫は生後2か月、手紙を出しても読めるわけがない。孫に託して息子夫婦に出した手紙だが、孫に書くと思うとスラスラ筆が走るから不思議である。
孫が生まれたのは去年の12月18日だった。前夜入院はしたものの、出産はまだ先だろうと思い、見舞いのつもりで昼休みに病院へ寄ってみると何と嫁はお産の真っ最中。分娩室から漏れ聞こえる嫁の苦しそうな声に、私はオロオロするばかりだった。考えてみれば家内の時もそうであった。そんな経験からすれば、お産の時、男はまったく役に立たないが、それでもやはり夫は妻の近くにいてやるべきだと思う。妻がどんなに苦労して子供を産むのかが分かり、子供はそんな苦労の結晶なのだということが分かるからである。
「額の生え際がおじいちゃんにそっくりだ」と嫁に言われた。これから生えそろうポヤポヤの孫の額と、今や後退途上にある私の額が似ているというのである。そんなことを言われても、「そうか、そうか」と喜んでいるのは「じじ馬鹿」そのものとしか言いようがない。だが最近は子供の環境をめぐる難しい話題を目にすることがめっきり多い。ひるがえって孫の将来を思うと、手放しで喜んでばかりはいられない気もする昨今である。』
こんな文章を書いてから十数年、孫は今や高校3年生になろうとしている。そしてボクは後数日で80歳。名実ともにまごうことなきお爺さんである。時の流れは速い。
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太秦三猿様
2月19日三猿様のお誕生日おめでとうございます。満●●歳でしょうか。
お孫さん11月18日では●か月と1日違いですね。高校3年生はたくましいでしょう。
いや女性の方でしたね。女は高校生の頃が一番はち切れそうな皮膚のつやですね。
元気をいただきましょう。
「赤ちゃんにだしたお手紙」ありがとうございました。
紀伊子さま、ありがとうございます。
還暦ぐらいまでは想定の範囲内でしたが、それ以上は想定外、自分がなってみればさほどでもないと。昔白寿を迎えた方が、「来てみればさほどでもなし白寿かな」と詠まれました。何歳でも本人にしてみれば、さほどでもないのかもしれません。高校生の孫、小学6年の孫(どちらも女の子)、どちらも私の背を抜きました。嬉しいような、悲しいような。やっぱり「嬉しい」でしょうね。