我々は危険なこと、危ないことは自分に限っては起きないだろうと思っていることが多い。例えば自分が乗っている飛行機は先ず落ちないだろうと思っているし、二人に一人とまで言われているガンも自分はならないだろうと思っている。しかしコロナに関して言えば、自分ももしかしたら罹ると思わざるを得ない。さらにはボクのように二つも三つも持病を抱えているものは、万一罹ったら重症化して死ぬかもしれないと思う。一日何度も熱を測り、何度も手を消毒しており、そして必ずマスクをして出かけるのは、大いにコロナに罹る可能性があることを意識しているということだ。そう思うと全国で2000人を超える人が罹患し、大勢の人が亡くなってる現実では、ボクらは死と向かい合って生きていると言っても過言ではない。ただ見方を変えれば、ボクは86歳だから、せいぜい後3,4年の命とすれば別にコロナにならなくても死と向かい合っている訳だ。歌人の穂村弘氏が、短歌は昔から死刑囚とか業病で死と向き合った人が名歌を詠んでいると言っていた。ボクなんか考えて見れば死と向き合っているはずなのに、お気軽に能天気な川柳を詠んでいる。元々川柳はそういうものかもしれないが、今更深刻な川柳を詠む気はさらさらない。まあ、なるようになるさの心境なのである。
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