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マンガ家、萩尾望都の名作「ポーの一族」が40年ぶりによみがえった。

ネットのニュースまでになった。

サブカルチャー的にはそれほどの大事件。

買うのもためらった。

読むのもためらった。

40年ぶりに私はうまく再会を果たすことができるのだろうか。

 

萩尾望都と言えば、当時はかなりマニアックな部類であった。

竹宮恵子、山岸涼子、大島弓子などと並んで、花の24年組などと言われたものだ。

この年生まれの少女漫画家は、いずれも超個性的でずば抜けていた。

それらの漫画家を育てた当時の少女コミック(小学館)も、

今から思えばすごかったのだなと思う。

いずれも少々内向的でややこしい少女たちの胸をかきむしったのだ。

 

それまでの少女漫画といえば、ラブコメやスポ根、青春ものなどが王道だったはずだ。

ところが「ポーの一族」は、それまでに少女漫画には無かった世界観で、

観念的、詩的な部分が多く、読後重くのしかかるものが多かった。

私は12歳、つまり中学生で萩尾望都の作品に触れ、

それは世界が一転するような衝撃的な事件だった。

あとで思えば、これがいわゆる自我のめざめってやつかと思った。

とにかく悩み苦しむ10代がここからスタートしたのだった。

 

そんな青春の証のようなマンガと、今、再会ができるのか。

汚れちまった自分が、あの萩尾作品の中にはいってゆけるのか。

エドガー・ポーツネルを直視できるのか。

おそるおそる買って来た雑誌を開いたが、胸がばくばくした、興奮しすぎて!

涙が出ちゃいそうだった。

主人公のエドガーは変わっていない。

そうだ、エドガーは永遠に年を取らない、

時を越えてさまよい続ける旅人だったのだから。

あ~一人で興奮して恥ずかしい~。

でも雑誌のふろくについていた「訪問者」という古い作品は、

またしても滂沱の涙を落した。

ぐっすん、ぐっすん泣いた。

あの頃の感性は鈍っていない。

と言うか進歩無し!

 

今回、どうしてもこの雑誌がほしくて本屋で予約をした。

と、本屋の兄ちゃんがヲタク情報をいろいろと教えてくれた。

(ヲタクのにおいはヲタク同士にはわかるのだ)

あの人は今どの本で書いてるとか、

あの先生はこっち方面に流れたとか。

で、「パタリロ!」がまだ続いてるって知ってました?

みたいな話になって大いに盛り上った・・・( ゚Д゚)。

結果、魔夜峰央の「翔んで埼玉!」という、

超くだらないマンガまで買ってしまった。

ああああ、マンガネタでもう一つブログ立てなきゃだめかな。

とは言えね、マンガネタで川柳にしたこともある。

もう20年前ぐらいだが、エヴァンゲリオン川柳というのを作ったことがある。

そういうの、またやってみたいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ポーの一族」を読む   40年経ての再会”にコメントをどうぞ

  1. 澁谷 さくら on 2016年6月24日 at 6:09 PM :

    きりりさん こんにちは。
    鈴鹿さんのフォトギャラリーで、うるわしいご夫妻のツーショット♪
    拝見しましたよ。
    秀句賞おめでとうございます!
    急なお仕事まで入って、あわただしい大会だったようですが、
    すてきなごほうびになりましたね。
    わたしにはきっとつくれない句ですが、とても共感できます。
    胸にガツンと来ました。

    ところで、「ポーの一族」わたしの手元にもあります。
    昭和50年代発行のフラワーコミックス版で…
    もっとも、リアルタイムではなくずっとおとなになってから
    中古本屋さんで手に入れたものですが。
    むかしのマンガ、色褪せない魅力を持つものが多いですね。
    たくさん手ばなしてしまったのを悔やんでいます。
    パタリロシリーズ他、魔夜峰央作品は実家にいる弟がたくさん持っているような…

    ポーの一族の世界は、少女の頃、
    ピーターパンや立原えりかさんのメルヘンのように、
    「おとなになれば終わる、おとなになれば見えない、入れない世界」
    のように感じていました。
    だから、おとなにはなりたくないと。
    けれども今は、おとなにもメルヘンはある、
    夢みることも、ちがう世界を訪れることもできる…
    と思っています。
    それから、
    エヴァンゲリオン川柳がどういうものなのか、気になっています。。。

  2. 竹内いそこ on 2016年6月26日 at 9:45 PM :

     こんばんわ きりりさま
    鈴鹿の大会で秀句賞、おめでとうございます。 
    さくらさんのコメントを拝見して、さっそくあちらのフォトギャラリーをのぞいてきました。
     ご主人様のお顔も拝ませていただきました。
     いつもお二人で参加されるのですか?

     私は、山岸涼子さんにハマっていました。
    「日の出ずる処の天子」
     読みだすと、一気に部屋の気温がさがり、騒音も聞こえなくなるくらいに世界にはいりこんでゆく。いま家の本棚に揃っているけれど、読み始めて中断されるのが嫌で手を出せずにいます。

     萩尾望都さんは、当時私の周辺でも大人気だったので読んでみたのですが、どうも体質的に受け付けなかったようで・・・・・今なら読めるかもしれません。再挑戦しようかな。

     

     

     

  3. 澁谷 さくら on 2016年6月28日 at 10:07 AM :

    きりりさん いそこさんに先にコメント失礼いたします。。。(ペコッ)
    いそこさん直接お話するのは初めてだったかと思います。
    はじめまして♪
    山岸涼子さんの「日出処の天子」わたしも読んでいました!
    でも、あとすこしで完結、というところで最後まで読みきれていないので
    気になっております。
    山岸涼子さん、繊細なシブい絵で、内面的な内容のマンガが多かったですよね。
    あの頃は、不世出の漫画家さんや名作が、続々生みだされた時代だったように思います。
    しあわせな少女時代だったかも。。。

  4. 竹内いそこ on 2016年7月5日 at 2:47 PM :

     きりりさん 留守宅にお邪魔いたします。。。(ペコッ)
    さくらさん はじめまして。
     さくらさんとは、結構同じような方々のブログでお会いしますね。
     実際にどこかの大会ですれ違っているのかな、・・・・
     というのは、週末新潟の大会に挑戦してきたのですが、きらびやかな選者の方々に加えて、マガジンで拝見するお名前の呼名がよく聞こえてきて、「えっ、今のどの人?」ということばかり。キョロキョロしてばかりでした。
     もし、素通りして失礼したのならすみませんでした。
     重ねて、お返事がおそくなってすみませんでした。コメントいただいてから、あらためてまた「日出処の天子」読んでいたのです。たしか、私もあと少しで完結というあたりで立ち往生した覚えがあったのです。どうしてだったのかなあ・・・
     あの時は非常に政治的な手腕を発揮した実在の人物が、実は特殊能力の持ち主だった?なんて読み方をしていたのですが、いま読み直すと(ボーイズラブの片思い?)という今どきの言葉が当てはまる恋愛もの。山岸涼子さん 実に新しかったと実感です。
     

    • 阪本きりり on 2016年7月7日 at 1:01 PM :

      いそこさま
      いや~、マンガネタで女子会いいですねえ。
      「日出処の天子」、持ってます、もちろんでございますよ。
      あれも少女(いや、この頃はもう二十代・・・)の胸をかきむしりましたね。
      私は厩戸皇子や刀自古など、許されない恋に身もだえして読みました。
      加えて山岸涼子さんが参考にした、
      梅原猛さんの「隠された十字架」にもハマりましてね。
      何度か法隆寺にも行き、萌えた目線で仏像を冒涜しておりました。
      あ、「日出処の天子」、アニメ化の計画があったんですよ。
      でも山岸さんが断られたとか・・・。
      それから法隆寺が白泉社に抗議とかもあったみたいです。
      厩戸皇子ホモ説ですからね・・・。
      山岸さんや萩尾さんは、ボーイズラブ系も上手にこなされていて、
      安心して読めるところもあります。
      そういえば、ウチの近所に入鹿神社があります。蘇我町もあります。
      よく考えたらご当地なんですね。
      (でも実物の蝦夷や皇子はムサいおっさんと思う)
      ・・・なんか盛り上がっちゃいましたが、
      さくらさんもいそこさんも、
      本州にお住いの、私と近い年代ですよね。
      今後どこかでお会いしますね、きっと。
      ああ、うれしいなあ。

  5. 澁谷 さくら on 2016年7月6日 at 11:46 PM :

    きりりさん、おそれいります。
    お留守中にいそこさんと「ぢょし会」しておりますぅ~
    いそこさん、お返事ありがとうございます。
    山岸涼子さん、たしかに来たるべき時代を先駆けしていたお方ですね。
    「日出処の天子」今もし読むことができるならば、
    厩戸皇子や蝦夷、刀自古たちの苦悩に、
    より気持ちを向けた読み方になるかも知れません。

    わたしは大会に出かける機会になかなか恵まれずにいますもので、
    いそこさんともまだ実際の大会会場ではおあいできていないと思います。
    いつかおあいできるのを楽しみにしております^^♪

    • 阪本きりり on 2016年7月7日 at 12:50 PM :

      さくらさま

      ああ、なんと漫画ネタで盛り上がってますね。
      おそるべし、萩尾望都。
      「ポーの一族」はリアルでフラワーコミックスを買っております。
      中学生のお小遣いは毎月マンガに消えておりました。
      たしかに、萩尾作品は、
      失われゆく少女の時間(少年もかぁ)が大きなテーマですよね。
      そこに執着した形が、エドガー・・・年を取らないヴァンパネラ、かな。
      作品の誰かのせりふで
      「何も産まない者たち、神が創ったものではない」とかありました。
      中学生は、自分がどんどん年取っていくのが、
      すごく汚らしいと思っていましたね。
      最後まで読めないという話・・・。
      実は同じく萩尾作品の「残酷な神が支配する」がそうなんです。
      これは15年前くらいの作品ですが、
      もう読んでて辛くて辛くて・・・。
      何度も泣きました。
      山岸涼子の「テレプシコーラ」も途中で止ってます。
      こちらは古本でつづきを買えていないという理由で・・・。
      また思い出したらマンガネタで盛り上りましょう!
      あ~楽しいぞ。

  6. 木村奈々子 on 2018年1月13日 at 2:17 PM :

    萩尾望都、山岸涼子さんは私も懐かしいです。
    ポーの一族も日出処の天子も読みました。
    ポーの一族は赤い表紙のコミックスが実家でホコリをかぶっています。
    最近読み返しました。
    あの頃の漫画って、いいですね。

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