和合亮一さんの詩集 『詩の礫』
「放射能が降っています。静かな静かな夜です。明けない夜はない。」―これは、福島市生まれの詩人である和合亮一氏(一九六八年生)が幾度も訴えつづけているフレーズである。中原中也賞・晩翠賞受賞詩人の、東日本大震災を経験して以降の思いを詠じたものであり、震災の語り部として五感で感じた魂の叫びが聞こえてくる。氏は高校教諭であるが、マルチな活動をしていて、ネット(@wago2828)によれば、最近では短歌や俳句も創っているとある。
詩集のカバーには無惨に破壊された街の写真の上部に「街を返せ、海を返せ、誇りを返せ、福島を返せ。」、そして下部に「ツイッターで放つ言葉の力、福島在住詩人の咆哮を聞け。」とのキャッチコピーがある。震災後からツイットにぶつけられた「魂の礫、人間の怒りの礫」が人々の共感を呼び、詩集として出され、一万部以上の異例の出版部数を記録中。また、歌ともなり、世界でも翻訳され広がっている。ネットでは大竹しのぶさんの朗読なども聞ける。
平成24年11月23日のNHKのホリデーインタビュー「福島から言葉の橋をかける」から詩人の思いの礫をたどってみよう。生活の場であった故郷の町を奪われた体験者としての被災の思いは、今後も大きな視点から作品化され、「緑と風、土と水を取り戻す思想」を基底として、「美しい言葉で美しい橋をかけていく」という思いが「誇りを取り戻す、愛を取り戻す思想に繋がっていくことになるだろう」と。
「世界が抱えている恐ろしさ、人間が抱えている恐ろしさ、人間が人間をここまで追い込んだ恐ろしさ」に驚愕しつつも、「大地に言葉で問いかけつづけていく」ことが「福島を、日本を取り戻す」ことにつながるという詩人の言葉が胸に響きつづけている。
目の前の何かを拾うことから、瓦礫から何かを拾い上げよう、それを言葉としていく。言葉の雨、礫のように。
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『詩の礫』
「放射能が降っています。静かな静かな夜です。明けない夜はない。」
「街を返せ、海を返せ、誇りを返せ、福島を返せ。」
「福島から言葉の橋をかける」
「緑と風、土と水を取り戻す思想」
「美しい言葉で美しい橋をかけていく」
[人間が人間をここまで追い込んだ恐ろしさ」
目の前の何かを拾うことから、瓦礫から何かを拾い上げよう、それを言葉としていく。言葉の雨、礫のように。
和合亮一さん 『詩の礫』は朝日新聞に連載されている「プロメテウスの罠」と通じる所を感じます。
私は難しい事は判りません、又、新聞の報じる一面しか理解していないかも知れません、でも『詩の礫』は確かに被災地の人達の声を代弁していると思います。
いきなり感想からコメントをして失礼しました。
後先に成りましたが、私は山田こいしと言います、川柳マガジンのブログのファンとして彼方此方覗かせて頂いています。
今は「銀の匙」を東京の言葉も明治時代と大分違うと感じながら読んでいます。
取り留めのないコメントで失礼しました、これからも楽しみに読ませて頂きます。
ご返信ありがとうございました。和合さんの言葉の礫はすぐさま胸に突き刺さり、さらにしだいに深く浸透していきました。「プロメテウスの罠」の意味するところを謙虚に受け止め、真の意味での被災者の復興に取り組むべき行政の在り方を考えさせられました。今回の選挙ではどのような結果が出るのでしょうか。
先日の朝日川柳に
「片付かぬ瓦礫の山に雪が舞う」が載っていた。
今なお復興が進まぬ被災地の人たちの虚無感はかりしれない。
新年おめでとうございます。
このブログから丁度1カ月経ってのご無礼です。
夜の明けないうちに駅の窓口で切符を買った
今日は昼ぐらいまでほとんどの列車が満員とのこと
空いている席を見つけてもらった
ああ 始まるのだ
動いているのだ
行き交う人々の影にはそれぞれの始まりがある
私もまた始めなくてはいけない
ここ福島駅が私の始発
以上は1月3日和合亮一ブログでの自身の記述です。
彼は私の隣町の福島市の出身。そして高校の後輩です。
この1月14日、新春鼎談「ふくしまからの提言」玄侑宗久、赤坂憲雄、和合亮一。福島民報紙。
1月19日、山口情報センタースタジオAからも。
詳しくは亮一のブログをご覧ください。
皆様にはいつもフクシマがお世話になっています。ありがとうございます。
フクシマのトップバッター八重桜