川柳の夜明けは近いなと思う
昨日ひめぎんホールで行われたキッズカーニバル川柳吟行は参加者21名の大盛況だった。初めにまつやま吟社の栗田忠士さんによる川柳の作り方の話があったのち、道後へ吟行に行った。心配された雨も殆ど降らず傘も要らないくらいだった。道後はおりからの春節の影響か商店街は観光客でごった返していた。来る途中で見た坊ち...【続きを読む】
やらねばできぬやればできるとヒヨが言う
モチノキの実を食べ尽くしたヒヨは畑へ行き、野菜をつつき、それも食べ尽くして、食べるものが無くなると最後はメジロのブランコのミカンに目を付けた。今までは諦めていたが、食べる物が無くなれば仕方がない。訓練に訓練を重ねついにブランコのミカンを食べることに成功した。ヒヨの根性に拍手を送りたい。やればできる...【続きを読む】
すごいなあ龍を初めて描いた人 忠士
愛媛新聞は愛媛の文芸に力を入れてくれていて短歌、俳句、川柳は毎日のように掲載されている。川柳も「愛媛柳壇」と「文芸」と週に各1回、計2回掲載されている。私も何年か前まではその両方に投句をして、掲載されるのを楽しみにしていたものだ。愛媛柳壇の選者は私が始めた頃は月原宵明氏だったがその後兵頭まもる氏、合...【続きを読む】
歩き遍路の絆が川柳を作る
定年後、五年半かけて結願した歩き遍路の仲間は結願後も交流を続け、歩きを含めた小旅行などを定期的に計画して楽しんでいる。結願後、その仲間で始めた川柳は会の名前を、愛媛3期歩き遍路から「愛さん歩」と名付けた。事務局の河野文吉さんが決められた題詠と雑詠を送ればそれを一人できれいに製本して会員に送って下さる...【続きを読む】
モチノキは残してヒヨは飛び去った
それは僅か一日の出来事だった、ヒヨの大群が押し寄せ、私はその都度追っ払っていたが家内が「実が無くなれば来なくなるからほっとけばいい」と言うのでそのままにしていたら、翌朝には見事に赤い実は食べつくされていた。それはまるでイナゴの大群に襲われた後のようだった。そして当然のことながらヒヨは寄り付きもしなく...【続きを読む】
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