松山市の杖の渕公園には全国名水百選の水が湧き出ている。愛媛県では他に宇和の観音水、西条の打ち抜きの水がある。いずれも名水を汲みに来る人が絶えない。
杖の渕公園は庭園になっていて池には鯉や鴨が泳いでいる。夏は子供達の水遊びで賑わう所である。
先日久し振りに訪ねて散策してきた。
今日は9時から文化祭川柳大会事前投句の切り離し作業。午後は川柳まつやま例会、引き続いて文化祭の役割分担を決める。
家内はテニス。じっとしていない。
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おはようございます。 朝の気温が急に下がり、暑がりの私も 少々閉口です。 昨日は、お茶の花の絵に挑戦しました。あまり目立たないおとなしい 白い花です。その上、花は、目立たない葉の裏側に咲くんですね。 何となく見ていたものが 俳画のおかげでいろんなことに、気づくようになりました。嬉しいことです。 33号線にも、湧き水の湧いている所があります。横を通ると、いつも車にペットボトルをいっぱい積んで、水を入れている姿に遭遇します。 でも、主人曰く、「 山の上にはイノシシがいるんだから、水は 決して 清潔だとは言えん。人家はなくても、動物の排泄物は染み込んでいるような気がする。 」って。 だから、久万の家の水は決して 生では飲みません。必ず 煮沸してからじゃないと。 そしてたまの大雨の時などは、水がにごります。だから、お風呂は コーヒー風呂になります。 泥風呂とまではいきませんが いろんな意味で楽しんでいます。 でも、やっぱり水は美味い。夏冷たく、冬冷たく。やっぱり冬の水は冷たいです。井戸につけた スイカは最高だとか。私はあまり好きではないから。。 あと何日かで松山祭り!!! 昔は、娘たちに振袖を着せて、鼻高々で いろんな場所に連れ回ったものです。でも、今は 着物など着ている人になど会ったことない。 無用の長物でしょうか。なんか淋しい気がします。 明日のノラ、宿題のないのはちょっとさみしいかな。 茶話会もあり、楽しみです。
明日のノラの会は話題がいっぱい。楽しみです。
小さい頃は田舎(富山)のあちこちに澄んだ冷たい湧き水がありました。今は随分少なくなっているようで淋しいです。杖の淵の池に鯉や鴨がいても「どじょう」はいなかったでしょう。 最近は汚泥にまみれた永田町流域に生息とか・・・・・ 「バイブルに加えて精読師の句集」
色々な小魚は泳いでいましたが確かにどじょうは居ませんでした。
名水百選では、西条の「うちぬき」のほか、京都の「伏見の御香水」や東京国分寺の「お鷹の道湧水群」へ行きました。「お鷹の道」は重病に苦しむ絶世の美女が、池で身を清めた伝説があり、今も人気の遊歩道になっています。 以前は、道後温泉や権現温泉などで湯口で湯を飲んでいる人を見かけました。湯を飲むとリューマチや神経痛に効くと思ったのでしょう。その後「このお湯は飲まれません」という貼り紙がありました。 それよりも「若い女性が入ったあとの風呂に入るといい」と言われています。科学的な根拠もあるようで、女性ホルモンが湯に溶けだしているので、その湯を飲んだ方が「名水百選の水」よりも、若返りの効果があると思います。。
昨夜からノーベル賞の発表が始まりました。下馬評が高かった京都大の山中教授は受賞出来ませんでしたが、この時期になると思い出すことがあります。 私が会社勤めでニュースデスクをしていた時のことですが、私の部下にO君という若い社員がいました。O君の書く原稿は主語がなかったり、文章にまとまりがなく、私はいつも赤鉛筆で訂正していました。しかしある時から、私はO君の原稿を赤鉛筆で訂正することを止めました。といいますのは、その年(1994年)にO君の叔父さんである作家・大江健三郎氏がノーベル文学賞を受賞したからです。 大江健三郎は、内子町大瀬でO君の隣りの家に住み、いつも生活を共にしていました。そんなDNAを持つO君ですから「本当は文章がうまいのだろう」下手なのは、偉そうに赤えんぴつで訂正していた私の方ではないか、と思ったからです、それ以来私は原稿を書くのが苦手になりました。
昔、登別の混浴の温泉に入りましたが「飲む」ことには気が付きませんでした。残念。 やはり○さんの原稿が正しかったような気がします。どんな文章だったのか一度見てみたかった。
五臓六腑に・・・。 昨日は快晴でしたし、正にそうでしたよね。何だか伝わって参ります。 私方、松山を永住の地として17年目ですが 「選んだ地 水よし 山よし 風も良い」
私も松山に住んで良かったとつくづく思います。
横浜で生まれ育って37年、一枚の紙きれで高知暮らし2年、 次の一枚で松山暮らし5年、今度は砥部に住みついて32年。 伊予はいいとこぞなもし! あらためてどうぞよろしくお願いします。
転がったとこに住みつく石一つ・・・・大石鶴子 いいですねえ。
おはようございます。
朝の気温が急に下がり、暑がりの私も 少々閉口です。
昨日は、お茶の花の絵に挑戦しました。あまり目立たないおとなしい
白い花です。その上、花は、目立たない葉の裏側に咲くんですね。
何となく見ていたものが 俳画のおかげでいろんなことに、気づくようになりました。嬉しいことです。
33号線にも、湧き水の湧いている所があります。横を通ると、いつも車にペットボトルをいっぱい積んで、水を入れている姿に遭遇します。
でも、主人曰く、「 山の上にはイノシシがいるんだから、水は 決して
清潔だとは言えん。人家はなくても、動物の排泄物は染み込んでいるような気がする。 」って。 だから、久万の家の水は決して 生では飲みません。必ず 煮沸してからじゃないと。 そしてたまの大雨の時などは、水がにごります。だから、お風呂は コーヒー風呂になります。
泥風呂とまではいきませんが いろんな意味で楽しんでいます。
でも、やっぱり水は美味い。夏冷たく、冬冷たく。やっぱり冬の水は冷たいです。井戸につけた スイカは最高だとか。私はあまり好きではないから。。
あと何日かで松山祭り!!! 昔は、娘たちに振袖を着せて、鼻高々で いろんな場所に連れ回ったものです。でも、今は 着物など着ている人になど会ったことない。 無用の長物でしょうか。なんか淋しい気がします。
明日のノラ、宿題のないのはちょっとさみしいかな。
茶話会もあり、楽しみです。
明日のノラの会は話題がいっぱい。楽しみです。
小さい頃は田舎(富山)のあちこちに澄んだ冷たい湧き水がありました。今は随分少なくなっているようで淋しいです。杖の淵の池に鯉や鴨がいても「どじょう」はいなかったでしょう。 最近は汚泥にまみれた永田町流域に生息とか・・・・・
「バイブルに加えて精読師の句集」
色々な小魚は泳いでいましたが確かにどじょうは居ませんでした。
名水百選では、西条の「うちぬき」のほか、京都の「伏見の御香水」や東京国分寺の「お鷹の道湧水群」へ行きました。「お鷹の道」は重病に苦しむ絶世の美女が、池で身を清めた伝説があり、今も人気の遊歩道になっています。
以前は、道後温泉や権現温泉などで湯口で湯を飲んでいる人を見かけました。湯を飲むとリューマチや神経痛に効くと思ったのでしょう。その後「このお湯は飲まれません」という貼り紙がありました。
それよりも「若い女性が入ったあとの風呂に入るといい」と言われています。科学的な根拠もあるようで、女性ホルモンが湯に溶けだしているので、その湯を飲んだ方が「名水百選の水」よりも、若返りの効果があると思います。。
昨夜からノーベル賞の発表が始まりました。下馬評が高かった京都大の山中教授は受賞出来ませんでしたが、この時期になると思い出すことがあります。
私が会社勤めでニュースデスクをしていた時のことですが、私の部下にO君という若い社員がいました。O君の書く原稿は主語がなかったり、文章にまとまりがなく、私はいつも赤鉛筆で訂正していました。しかしある時から、私はO君の原稿を赤鉛筆で訂正することを止めました。といいますのは、その年(1994年)にO君の叔父さんである作家・大江健三郎氏がノーベル文学賞を受賞したからです。
大江健三郎は、内子町大瀬でO君の隣りの家に住み、いつも生活を共にしていました。そんなDNAを持つO君ですから「本当は文章がうまいのだろう」下手なのは、偉そうに赤えんぴつで訂正していた私の方ではないか、と思ったからです、それ以来私は原稿を書くのが苦手になりました。
昔、登別の混浴の温泉に入りましたが「飲む」ことには気が付きませんでした。残念。
やはり○さんの原稿が正しかったような気がします。どんな文章だったのか一度見てみたかった。
五臓六腑に・・・。
昨日は快晴でしたし、正にそうでしたよね。何だか伝わって参ります。
私方、松山を永住の地として17年目ですが
「選んだ地 水よし 山よし 風も良い」
私も松山に住んで良かったとつくづく思います。
横浜で生まれ育って37年、一枚の紙きれで高知暮らし2年、
次の一枚で松山暮らし5年、今度は砥部に住みついて32年。
伊予はいいとこぞなもし!
あらためてどうぞよろしくお願いします。
転がったとこに住みつく石一つ・・・・大石鶴子
いいですねえ。