私の知人の須山さんは会社を退職後、横浜で酒と音楽と言葉を楽しむ砦を作り人生を楽しんでいる。気の合った仲間と音楽を奏で、酒を飲み、語り合う・・・。最高の時間であろう。
さすが横浜しゃれている。
横浜へ行くことがあれば是非訪ねてみたい。
今日は午前中えひめ文化健康センターの川柳講座。
午後は川柳まつやま3月号の1回目の編集会議。今週は忙しい!!!!。
気軽にポチっとどうぞ(無記名)
おはようございます。 天気予報通りのうっとうしいお天気になってしまいました。 きょうも、お忙しい様子!!! 風邪も、腹痛もぶっ飛んでしまいますね。 でも、世間にはまだまだインフルエンザや嘔吐下痢など、いっぱい飛んでいます。川柳界には大切な人‼ 気をつけてくださいね。
昨日の午後、私たちが楽しく買い物をしている時間に、大切な知り合いが、50才という年齢でなくなりました。 とても優しくて、気を使う良い人でした。 彼女の大きな声を今までに一度も聞いた事がありません。いつも明るくて、自然で、ご主人といつも二人、「ひっつき虫だね。」と言っていました。 残念です。悲しいです。 明日がお通夜ですが、ちょっと今日お邪魔したいと思っています。
私たちの、残された人生にひとつの教訓を残してくれたような気がしま す。二人三脚!!! 思いやりを持って仲良く生きて行こうと、改めて思いました。
病人さんは、まだ点滴につながれていますが、だいぶん落ち着いてきました。退院ももうすぐだと思います。 少しの熱にも、驚かなくては、、、、、。
人の命は儚いですね。 昨日から喉の調子がおかしいので、しっかりうがいをするようにしています。
横浜にはお洒落なイメージがあります。車のナンバープレートも「横浜ナンバー」は人気があるそうです。首都圏ではなんといっても「湘南ナンバー」が1番人気で、桑田圭祐や加山雄三のイメージがあるのでしょう。(私も横浜よりも湘南や鎌倉の方がお洒落だと思います) ナンバープレートで人気がないのは「相模ナンバー」(知らない人はスモウと読むそうです)大宮など埼玉や群馬ナンバーはダサいと馬鹿にされるそうです。関西では「なにわ」「和泉」ナンバーはちょっと恐がられるそうです。
3年前山下公園の氷川丸の岸壁で(小林旭のように長い足をかけていたら)旅行客のオバサンから道を聞かれました。てっきり生っ粋のハマっ子か観光案内人とマチガわれたのだと思います。私は赤レンガ倉庫や港の見える丘公園が好きですが、オバサンは中華街が好きのようでした。
横浜出身の有名人といえば「おすぎとピーコ」ですが、横浜のイメージではありません。私が横浜で知っている女性は、阿木ヨーコと青江三奈です(私は名前も顔も知っていますが、先方は私のことを知りません)横浜のイメージの女は阿木ヨーコです。夫の宇崎竜童のダウンタウンブギウギバンドの「港のヨーコヨコハマ」の作詞家としてだけでなく、スタイルのよさと映画で演じた熟れた肉体にもヨコハマを感じました。 青江三奈は「伊勢佐木町ブルース」で大ヒットしました。40年前頃はテレビやラジオで「ロッテ歌のアルバム」をはじめ歌手の公開放送が盛んに行われていました。松山へは青江三奈・森進一・ケーシー高峰らがよく来ていました。私の先輩Kさんは青江三奈と親しくなり自称「三奈の恋人」でした。歌謡ショーが終わったあと、夜二人で北条の海でスッポンポンで泳いだと自慢していました。 私も八幡浜の歌謡ショーでは「梶光夫」とマチガえられて、ファンからサインぜめにあいました。梶光夫は「青春の城下町」で人気が沸騰しましたが、澄んだ目と清潔感があるところが私と似ていたのでしょうか(その頃の私はもっとハンサムで身長も数センチ高かったのです)
横浜の男は背中に哀愁が漂っていなくてはいけません。女は哀愁が好きです。「俺さあ、若い頃はワルだったんだよなぁー」藤竜也が似合います。暁星さんもかなり近いです。私の知っている横浜のオヤジは、チビでデブでハゲていて哀愁はまったくありません。 女はどうして「哀愁のある男」や「暗い過去のある男」が好きなのでしょうか。 暁星さんも人には言えぬ暗い過去があると、玄人の私にはわかります。女にモテるためには、あとは(編集長として苦労されて、あの女にも振られて)さらに哀愁を身につけてください。 今日は編集の作業、お疲れ様でした。
浩吉さんの編集後記だけで2.3頁は要りますね。 長女の旦那は剣道六段で黒塗りの車に乗ってナンバーは「なにわ」です。道を譲ってくれる理由が分かりました。 青江三奈・・・・いいですねえ。次回のカラオケはこれで決まりです。
横浜はおしゃれなイメージがします。 息子の所へ行った時、横浜の中華街に連れて行ってもらいました。 人が溢れていて、外人さんも多い気がしました。 車のナンバープレートですが、息子はサーフィンに憧れ住まいを藤沢市の湘南の近くにいます。CRVの愛媛ナンバーです。羽田に迎えに来たときなど、「その前の愛媛ナンバー駐車しないように」とか言われていました。田舎ものだと思われているのかもしれません。父親にもらったもので変えないで乗っています。悪い気はしてないようです。 横浜とか湘南ナンバーだとかっこいいですね。
息子さんは偉い!!!!。そうなんです愛媛産には愛があるのです。 湘南ナンバーに負けてはいけません。 浩吉さんの足の長さも横浜の人に負けてはいませんでした。
私が初めて自家用車を持ったのは昭和45年ですが ナンバーは期せずして 横浜51 そ 1555 でした。 12年で14万キロ乗って高知で廃車にしましたが 記念にナンバープレートを1枚とってあります。 横浜生まれの横浜育ちの暗い過去を持つ変なオジサン、 いやオジイサンです。
横浜のナンバープレート、いい記念になりますね。 ところで高知市に横浜があるのをご存知でしょうか? 高知県にはUSAもあります・・・・・漢字では宇佐ですが・・・・・。
高知の横浜、知っています。 高知へ転勤し子供達を転校させた時、担任の先生が「横浜から来ました。でも高知の横浜ではなく遠い遠い横浜ですよ」と言ったので 知りました。
暁星さんの横浜のナンバープレート、まさか高知のでは無いでしょうね。
おはようございます。
天気予報通りのうっとうしいお天気になってしまいました。
きょうも、お忙しい様子!!! 風邪も、腹痛もぶっ飛んでしまいますね。
でも、世間にはまだまだインフルエンザや嘔吐下痢など、いっぱい飛んでいます。川柳界には大切な人‼ 気をつけてくださいね。
昨日の午後、私たちが楽しく買い物をしている時間に、大切な知り合いが、50才という年齢でなくなりました。
とても優しくて、気を使う良い人でした。 彼女の大きな声を今までに一度も聞いた事がありません。いつも明るくて、自然で、ご主人といつも二人、「ひっつき虫だね。」と言っていました。
残念です。悲しいです。
明日がお通夜ですが、ちょっと今日お邪魔したいと思っています。
私たちの、残された人生にひとつの教訓を残してくれたような気がしま
す。二人三脚!!! 思いやりを持って仲良く生きて行こうと、改めて思いました。
病人さんは、まだ点滴につながれていますが、だいぶん落ち着いてきました。退院ももうすぐだと思います。
少しの熱にも、驚かなくては、、、、、。
人の命は儚いですね。
昨日から喉の調子がおかしいので、しっかりうがいをするようにしています。
横浜にはお洒落なイメージがあります。車のナンバープレートも「横浜ナンバー」は人気があるそうです。首都圏ではなんといっても「湘南ナンバー」が1番人気で、桑田圭祐や加山雄三のイメージがあるのでしょう。(私も横浜よりも湘南や鎌倉の方がお洒落だと思います)
ナンバープレートで人気がないのは「相模ナンバー」(知らない人はスモウと読むそうです)大宮など埼玉や群馬ナンバーはダサいと馬鹿にされるそうです。関西では「なにわ」「和泉」ナンバーはちょっと恐がられるそうです。
3年前山下公園の氷川丸の岸壁で(小林旭のように長い足をかけていたら)旅行客のオバサンから道を聞かれました。てっきり生っ粋のハマっ子か観光案内人とマチガわれたのだと思います。私は赤レンガ倉庫や港の見える丘公園が好きですが、オバサンは中華街が好きのようでした。
横浜出身の有名人といえば「おすぎとピーコ」ですが、横浜のイメージではありません。私が横浜で知っている女性は、阿木ヨーコと青江三奈です(私は名前も顔も知っていますが、先方は私のことを知りません)横浜のイメージの女は阿木ヨーコです。夫の宇崎竜童のダウンタウンブギウギバンドの「港のヨーコヨコハマ」の作詞家としてだけでなく、スタイルのよさと映画で演じた熟れた肉体にもヨコハマを感じました。
青江三奈は「伊勢佐木町ブルース」で大ヒットしました。40年前頃はテレビやラジオで「ロッテ歌のアルバム」をはじめ歌手の公開放送が盛んに行われていました。松山へは青江三奈・森進一・ケーシー高峰らがよく来ていました。私の先輩Kさんは青江三奈と親しくなり自称「三奈の恋人」でした。歌謡ショーが終わったあと、夜二人で北条の海でスッポンポンで泳いだと自慢していました。
私も八幡浜の歌謡ショーでは「梶光夫」とマチガえられて、ファンからサインぜめにあいました。梶光夫は「青春の城下町」で人気が沸騰しましたが、澄んだ目と清潔感があるところが私と似ていたのでしょうか(その頃の私はもっとハンサムで身長も数センチ高かったのです)
横浜の男は背中に哀愁が漂っていなくてはいけません。女は哀愁が好きです。「俺さあ、若い頃はワルだったんだよなぁー」藤竜也が似合います。暁星さんもかなり近いです。私の知っている横浜のオヤジは、チビでデブでハゲていて哀愁はまったくありません。
女はどうして「哀愁のある男」や「暗い過去のある男」が好きなのでしょうか。
暁星さんも人には言えぬ暗い過去があると、玄人の私にはわかります。女にモテるためには、あとは(編集長として苦労されて、あの女にも振られて)さらに哀愁を身につけてください。
今日は編集の作業、お疲れ様でした。
浩吉さんの編集後記だけで2.3頁は要りますね。
長女の旦那は剣道六段で黒塗りの車に乗ってナンバーは「なにわ」です。道を譲ってくれる理由が分かりました。
青江三奈・・・・いいですねえ。次回のカラオケはこれで決まりです。
横浜はおしゃれなイメージがします。
息子の所へ行った時、横浜の中華街に連れて行ってもらいました。
人が溢れていて、外人さんも多い気がしました。
車のナンバープレートですが、息子はサーフィンに憧れ住まいを藤沢市の湘南の近くにいます。CRVの愛媛ナンバーです。羽田に迎えに来たときなど、「その前の愛媛ナンバー駐車しないように」とか言われていました。田舎ものだと思われているのかもしれません。父親にもらったもので変えないで乗っています。悪い気はしてないようです。
横浜とか湘南ナンバーだとかっこいいですね。
息子さんは偉い!!!!。そうなんです愛媛産には愛があるのです。
湘南ナンバーに負けてはいけません。
浩吉さんの足の長さも横浜の人に負けてはいませんでした。
私が初めて自家用車を持ったのは昭和45年ですが
ナンバーは期せずして 横浜51 そ 1555 でした。
12年で14万キロ乗って高知で廃車にしましたが
記念にナンバープレートを1枚とってあります。
横浜生まれの横浜育ちの暗い過去を持つ変なオジサン、
いやオジイサンです。
横浜のナンバープレート、いい記念になりますね。
ところで高知市に横浜があるのをご存知でしょうか?
高知県にはUSAもあります・・・・・漢字では宇佐ですが・・・・・。
高知の横浜、知っています。
高知へ転勤し子供達を転校させた時、担任の先生が「横浜から来ました。でも高知の横浜ではなく遠い遠い横浜ですよ」と言ったので
知りました。
暁星さんの横浜のナンバープレート、まさか高知のでは無いでしょうね。