報道されない「福島に健康被害なし」
異説に耳をふさぐな
上のような見出しで、評論家、西部 邁氏の寄稿記事が、2012・5/5の毎日新聞朝刊に掲載された。部分的に引用する。
「国連原子放射線影響委員会(UNSCEAR)の委員長がこの1月、福島第1原発事故についての重大な発表をした。……この発表によれば、『福島』において現在も今後も、健康被害が出るのは考えがたいという。(下線は氷筆が入れたもの。以下同じ)……それが本当だとすると、ミリシーベルトやらをめぐるこの1年余りの騒ぎは、一体、何だったのか。
「いわんや、『東北ガンバレ』と叫び、『絆』に流行語大賞を与えながら、被災地の瓦礫は放射能恐怖ゆえに引き受けない、という日本各地の反応は、卑劣であったのみならず、愚劣であったということになる。」
この後、チェルノブイリの被害と「福島」との違いを述べ、「福島」の健康への被害は心配しなくてよいとのことである。」と述べられる。
川柳においても「福島」「フクシマ」が多く詠われたが、地震や津波の惨状に対しての心からの叫びに胸を打たれた。それらがまず人々の思いの中心になることは自然である。その後の2次被害とも言うべき政府による救助の遅滞や風評被害などに対する義憤とも言うべき句も見られたが、何がどんなに危険であり、また安全かということを見極め、それこそ風説や風評に踊らされないことが肝要だと思う。
氏は、「『さあ大変に』固着してしまった集団心理、そして『さあ騒ごう』に固定されてしまった集団行動、それがこの発表への注目を妨げたのに違いない。」といい、さらに「反原発のムードと原発の稼働停止も再考されなければならない。」と述べている。以上の言が、「原発安全神話」への「集団心理・集団行動」となる危惧はないとは思うが、「原発安全神話」の再生そして原発事故というところへつながらねばよいがと思う。
風評被害とされるものが「どんな物に対してどんな風に言われたか」をきちんと検証し、だから「風評」で無害、空騒ぎだと納得のいく説明が専門家からきちんとなされ、元の安全な生活に戻るまで繰り返し発信されるよう切望したい。筆者の結びの言には次のようにある。「異説にたいしての『見ざる言わざる聞かざる』の三猿はやめようではないか。」と。
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氷筆様
いいお話をありがとうございました
両方の意見を聞くために二つの耳があるのだと思います
マスコミも両方の意見を乗せるべきです
風評を煽っているのはマスコミに他なりません
「異説に耳をふさぐな」
まったく、おっしゃるとおりです。
とかく、個人的・感情的な結論が先に立ったり、敵・味方の二項対立でものごとを処理したりする傾向にあるようです。
本質は、アンビヴァレンス(両面価値)。割り切れないところに、川柳的の魅力と価値があるのだと信じます。そういえば、「バカの壁」(自分自身が壁を設けて、異論に耳を傾けない)という流行語もありましたな。反対に、「複眼的思考」(苅谷剛彦)というアンチテーゼも思い起こしました。
ブログ更新、有り難うございます。どうぞ、キラリと光るブログにしてくださいませ。期待しております。