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やっぱり、そうだったのか。
いままで漠然と考えていたことが、この本のおかげでハッキリした。
「保守反動」と一口に言うけれど、「保守」と「反動」は違う。ちゃんと建て分けなければならない。
筆者は言う。
《保守派だからといって、みんなが大東亜戦争に至るプロセスを肯定的に捉えていたわけではない。超国家主義に対して懐疑的なまなざしを向けながら同時代を生きていた保守思想家が存在する。そのことに安堵するとともに、ここには忘却された重要な論点が存在すると直感しました。……
竹山道雄、猪木正道、福田恆存、池島信平、山本七平、会田雄次、
戦後保守を牽引してきた思想家たちは、こぞって超国家主義への否定的な態度を示し、大東亜戦争に至るプロセスへの嫌悪感を表明していました。彼らは、時にはっきりと軍国主義的支配を批判し、時代の空気に反発していました。
彼らが概ね共通認識としていたのは、超国家主義と保守思想は相容れないというものでした。》

では、誰がいったいあの戦争を推し進めたのか?
結論的に言えば、青年将校らいわゆる「革新派」の軍人たちと、マスコミ。マスコミに操られた愚かな大衆、という図式になるのでしょうか?
朝日新聞や毎日新聞などは、戦前その急先鋒でした。政府の弱腰を詰り、世論を焚きつけ、戦争を煽っていました。こうした論調で、新聞の部数を急拡大させました(この項、櫻井よしこさんの言を参照)。売り上げのために角度を付けたり、事実を隠したり、昨今のモリカケ報道と軌を一にしています(この項、和田政宗氏の言を援用)。戦前の朝日新聞の報道については、門田隆将氏らが現在精力的に検証しているところです。
そう言えば、「昭和維新」を掲げた「革新派」青年将校らの超国家主義と、マルクス主義的世界観。両者は、奇妙に似通っております。戦前の図式と符合します。
この本のおかげで、疑問の一つが解けたような気がしております。

【おもな内容】
戦前の日本の立場に積極的な意義を見出そうとし、第二次世界大戦を東アジア解放のための「聖戦」だったとみなす「保守」派。しかし、戦争を賛美することが、いつから「保守」になったのか?
じつは、戦前日本において保守論客は、軍国主義に抵抗し、批判の論陣を張っていた。あるいは、兵として軍の欺瞞を目の当たりにし、壮絶な暴力を経験したことで、軍国主義・超国家主義に強い嫌悪感を示していた。
すでに鬼籍に入った、戦中派保守たちが残した言葉に向き合いながら、いま、最も注目を浴びる政治学者・中島岳志が、現代において真に闘うべきものはなにかを炙り出す。

【目次】
序 章 保守こそ大東亜戦争に反対だった
第1章 戦争に導いたのは革新勢力である
第2章 戦争への抵抗
第3章 軍隊での経験
第4章 戦中派保守 最後の闘い
終 章 保守の世代交代の果てに

【著者略歴】
中島 岳志(なかじま たけし)
1975年、大阪府生まれ。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は近代日本政治思想史、南アジア地域研究。主な著作に『中村屋のボース』(大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞)、『血盟団事件』『「リベラル保守」宣言』、『親鸞と日本主義』、共著に『愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか』など。



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