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これまで何度かチャレンジしてきては挫折してきた本。そうした書物の一つがこの『善の研究』でした。
『善の研究』。いまNHKのEテレ番組「100分de名著」で取り上げられています。深い内容を分かりやすく説いてくれる番組です。
小生、テキストを購入し、読みながら解説を聴いているところです。(この「100分de名著」はなかなか得がたい番組です。受信料を払ってる方は、ぜひこの番組で取り返して下さい。笑)
『善の研究』と言えば、この著作によって近代日本哲学が始まったと言われております。西洋哲学とのたたかいを経て、新しい言葉によって叡智の世界を語った、日本で最初の哲学者が西田幾多郎でした。
そう言えば、台湾の李登輝元総統も西田幾多郎について語っていたことがありました(雑誌のインタビューだったか、講演だったかは失念)。語っておられたことを、いま思い出しました。
西田哲学を語れる政治家なんて、めったにいませんよね。哲人・李登輝先生くらいでしょう、たぶん。
そうそう、その李登輝先生の文鎮、持っているんですよ。小生の宝物の一つです。その文鎮には「我是不是我的我」と揮毫されております。この意味は? う~む、深い!
すみません。江畑哲男流解釈(!)ですが、

《(いま政治家として天下国家のために働いている)自分という存在は、「小なる自己」・「他者と切り離された、単なる個人的存在」としての自己とは、違う自分なのである。》
とでも、(一応この場は)解説しておきましょうか?(間違っていたらゴメンナサイ。)
いずれにしろ、西田哲学の「真の自己」=「善」(selfーrealization)と相通ずるものがあります。ずっと、そう感じておりました。

「100分de名著」。もし第2回からでもよろしければ、Eテレをご覧下さい。(毎週月曜日午後10:25~10:50、再放送は、水曜日5:30~5:55)



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