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素人が書いた、文芸評論家が書いた歴史も面白い! (例:百田尚樹)
この本も、そうした類いの一つである。それゆえ、標題に「教養としての歴史」という冠をかぶせている。(以下は、例によって小生のメモです。)

《日本の近代にはいくつかの波があります。(P16)
第一に嘉永6年(1853)年のペリー来航からはじまる国際社会への参加と、それに対応する維新、文明開化の時代です。
次に、第一次大戦後の、世界秩序の大変換がありました。大英帝国が没落し、アメリカは不況に打ちのめされ、西欧列強、特にイギリスとの協調を国是としてきた日本は、指針を失い、迷走を余儀なくされました。
第三に、大東亜戦争の敗北と、アメリカとの「同盟」があります。
このようにして日本は、近代において、一等国や地域帝国、経済大国といった自己像を作り、また、国民になり、臣民になり、市民になりました。
尊皇攘夷、文明開化、一等国、大東亜共栄圏、経済大国という連鎖の先に今日の日本はあり、戦後生まれの、世代全体を包括するような歴史的事件や経験を持っていない私たちのなかにも、実は「日本の近代」の積み重なりが共通して存在しているのです。
それはけして輝かしい歴史的成果としてではなく、好むと好まざるとにかかわらず、西欧の圧倒的な力に直面させられ、自身の独立と尊厳を守ることを選択し、その苦闘の過程で、常に新しいものを求めて変貌しつつ変わることのない自分と出会う経験としてでした。近代とはまさにそういう時代だったのです。 》

▽学問が多様化したのは、日本に科挙がなかったからです。中国や朝鮮においては、基本的に勉強というのは、科挙を勝ち抜くためのものでした。それが日本にはなかったので、自由な発想ができたのです。(p31)

▽江戸時代でいちばん注目すべき天皇は、光格天皇(明治天皇の曾祖父)。(p34)
在位は、安永8年(1779)~文化14年(1817)、皇太子に譲位した後、さらに23年間も院政を布きました。後桃園天皇が亡くなった後、急遽傍系の閑院宮家から養子に迎えられた。天皇にふさわしい権威と威厳の回復に執念を燃やした。
天明の大飢饉時。怠慢な幕府に、窮民を救済するように幕府に提言。江戸開幕以来初めてのこと。

▽秩父困民党の軍律(参謀長・菊池貫平、p81)

▽日露戦争の勝利(P145)
この勝利は、ヨーロッパの帝国主義の支配に苦しむ国々に感動と希望を与えました。
・孫文らによる中国同盟会の結成
・ヴェトナムのファン・ボイ・チャウの維新会による東遊運動(日本への留学運動)
・インドの反英運動の高揚
・イランの立憲革命
・オスマントルコの青年トルコ革命など、日本の日露戦争における勝利に影響を受けたものと考えられます。



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