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前回の続きです。「気楽にお読みいただく」という訳には参りませんが、まぁお付き合い下さい。
▽1941年12月の日本軍による真珠湾攻撃。従来は、アメリカにとって「卑劣な騙し討ち」とされていた。近年の研究では、それが変わってきている。
「予習」的な事項の整理、いわば疑問の〈前提条件〉として、上記を指摘しました。
いよいよ本題、小生の長年抱えている疑問。
今度は「終戦」です。こちらのテーマは、《日本の終戦が何故遅れたのか?》です。
従来の見方はこうでした。
《要するに日本政府の決断が遅かったのだ。「国体護持」、つまり皇室を守ろうとしたために日本政府は早期降伏を決断出来ず、沖縄戦と広島や長崎の原爆投下につながった。結局、日本(政府・軍部)が悪かったのだ。》
上記がコレまでの見方、一般的な見方デシタ。
筆者・江崎道朗氏の前に、先行研究者(長谷川毅教授)がいて、長谷川教授の『暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏』(中央公論社、2006年)によれば、次のように解説されています。
《太平洋戦争末期に日本の為政者が終戦を決定した政治過程は、日本人が大きな関心をもってきた問題である。終戦から現在にいたるまで、おびただしい書物や論文が発表されたにもかかわらず、不思議なことに、日本の終戦にいたる政治過程を国際的な文脈から緻密に分析した学術的な研究は存在しない。》
まず、「学術的な研究は存在しない」ことに、小生などは驚いてしまいます。それで、「日本だけが悪かった論」が展開され、流布されているのでしょうか?
長谷川教授はこう続けます。
《太平洋戦争終結を論じるときに、ソ連の役割は、アメリカと日本の歴史家によって無視されている。》
……、そうでしたか。
《日本政府は昭和20年当時、なんとか早期終戦を実現しようと必死に模索し、日ソ中立条約を締結していたソ連を仲介に和平交渉をしようとしていました。この日ソ交渉を利用して日本の終戦を意図的に遅らせたようとしたのが、ソ連の指導者スターリンでした。》
そういうことだったのか! スターリンは「日本の終戦を意図的に遅らせたようとした」。人の命など何とも思わないソ連なら、スターリンならやりかねません。
《スターリンはさらに、日本がソ連参戦の前に降伏してしまうかもしれないことを危惧した。だからこそ、ソ連が対日戦争の準備を完了するまで日本が戦争を続けるように、アメリカが無条件降伏の要求をつらぬくことを奨励した。同時に、日本がソ連参戦を防止することができると信じるよう日本を欺こうとした。》
あり得ますね。いやはや、凄まじい謀略です。コミンテルンなら不思議でも何でもありません。スターリンならやりかねません。
だとしたら(と、一応付けましょう)、ロシアの現政権は、北方領土を返さない理由として、「第二次世界大戦の結果」を挙げています。まさしく、火事場泥棒的に奪った領土ということが、この説に基づけば証明されたことになりますね。(2回目はココまで)



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