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8月6日(水)の岸本水府50回忌句会の続きです。

当日夜の木津川計先生の講演は、大変なシロモノでした。

昨日CD化した郵送物が拙宅に到着。かなり聞き取りづらい録音でしたが、内容の濃いものでした。(NC子さん、有難うございました。)

さて、前回のブログで紹介した、まずはタイトルの「文学的川柳と川柳的文学」。岸本水府=「文学的川柳」と紹介しましたが、イマイチ分かりづらかったですね。ゴメンナサイ。

その点が、NC子さん送付のCDで明らかになったのです。

木津川先生は、次のように解説されておりました。

〈岸本水府は終生大阪を愛しただけではなかった。生涯を費やして、「文学としての川柳」に精魂を傾けた。〉

〈岸本水府の川柳が「文学としての川柳」をめざして、人間諷詠詩である本格川柳の品格・文学性を高めんとして完結しようとした。〉

〈水府の句に、おかしみ・滑稽な句は少ない。(「ことさらに」「恋せよと」「ぬぎすてて」「母親へ土産は」等々の例句を挙げて、)女を詠んでも清潔、恋を詠っても品位を崩さない。〉

〈(戦後、川柳の軽さが悪用されたことに触れながら)水府は、貶められた川柳の名誉回復をしようとしたのだ。〉

上記文脈の流れで、アノ「川柳の第四運動」(昭和29年)に言及したのでした。

「川柳の第四運動」の歴史的背景が理解できたような気がします。

木津川先生、改めて有難うございました。

ちなみに、「川柳の第四運動」については、『岸本水府の川柳と詩想』(今川乱魚・大野風太郎監修、新葉館ブックス)が手に入りやすい。同著64ページ~、参照を。



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