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いささか遅きに失した感もありますが、今年の大河ドラマが面白くありません。視聴率も芳しくないようです。せっかく幕末に題材を取り、配役も悪くない(?)のに、どうしてつまらないのでしょうか?

いくつかの要因が指摘されていますが、最大の欠点は、名もない庶民までが草莽崛起に至ったという「やむにやまれぬ思い」を追究していない点にあります。「やむにやまれぬ思い」を描いていないので、当時の日本が置かれた危機的な状況が理解できないのです。

つまり、ひたひたと押し寄せる西欧列強による侵略の危機、わが国存亡の危機が差し迫っているという事態、この点をほとんど描いていません。それゆえに、まるで国内の単なる権力争いのようにドラマが見えてしまうのです。

コレではいけません。幕末の緊張感・切迫感も伝わらないでしょう。

討幕派も佐幕派も、じつは「憂国の思い」は同じでした。幕末の志士は、みんな「愛国者」だったと言っても過言ではありません。

ところで、面白い資料を見つけました。

「授業づくりJAPANさいたま」です。ご参考になればと思って、以下、必要な部分を引用させていただきます。(一部、分かりやすいように小生の加筆あり)

1 あの清国(中国)がイギリスに負けた

■アヘン戦争の絵を見せる。

〈画像〉これはペリーの黒船が日本に来る10年前に起こったある事件の絵です。 気づくことを発表しましょう。 *発表させる。

【爆発、遠くに蒸気船(イギリス軍艦)、近くにジャンク船(中国)、戦争、西洋と中国】 ◆アヘン戦争について説明する。

板書:1840~1842 アヘン戦争(イギリス 対 清)

『日本に大きなショックを与えたアヘン戦争とはどんな戦争だったのか、それを説明します』

■児童とやりとりしながら次のことを教える。

1 戦争の原因……イギリスが清国に大量に麻薬(アヘン)を密輸したこと。清国に麻薬中毒患者が増え、国内の銀がどんどんイギリスに出て行く。清国人が麻薬患者になっていくことに、イギリス人は何の痛みも感じていない。

2 戦争の経過……愛国者林則徐はイギリス商人から、麻薬2万箱を没収して燃やした。その報復のために、イギリスは、軍艦16隻、兵隊14000人を送り、清国を攻撃した。清国の皇帝は、戦うことをおそれて林則徐をクビにしたが、イギリスは清国が降参するまで攻撃をやめなかった。

3 戦争の結果……南京条約:多額の賠償金と香港をとられた。5つの港を開港し、清の鎖国が終わった。フランスやアメリカも、中国に圧力をかけて同じような条約を結んだ。 ■板書:清国は戦争に負けて開国した(イギリス・フランス・アメリカなど)。賠償金と香港をとられた。

『これは明らかに不道徳な戦争だ。麻薬を輸出するなんて、アメリカにもフランスにもやらない。インドにだけこやった。アジア人にあの高貴な「人権思想」を当てはめるつもりは金輪際ないのである。アジア人は、麻薬中毒になって、気が狂って死ねばいいのだ。イギリスがもうかればそれでいい。』

『このように、そのころの西洋諸国の言う「貿易」は今私たちが考える、平和な商売のイメージとはだいぶ違いました。中国や日本は、そういう西洋人の危険を知っていたからこそ鎖国を続け、長い間、自給自足の平和で豊かな国を築いてきたのです。しかし、この時代になると、中国や日本を大砲でおどかしてでも、開国させ、無理矢理にでも貿易をさせようとしました。(砲艦外交)』                    (以下略)



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「花燃ゆ」は何故面白くないのか?”にコメントをどうぞ

  1. とまと・デス on 2015年9月27日 at 11:36 PM :

    そういうコトの
    延長が 日本のアジア進出?
    侵略?に 繋がっていくんデスよね・・
    自国の利益というより
    アジアを守りたくて・・・

    自分は 今の時代も
    欧米サンは ずるっ子??!!
    だなー(特にアメリカ)と
    思ってます。

    江畑様
    (スイマセンm(__)m
    久々に ブログ拝見
    生徒の気分で 書いてしまいました。)

  2. 江畑 哲男 on 2015年9月28日 at 9:55 PM :

    いつも有難うございます。
    19世紀の主役は、何と言っても大英帝国でしょう。イギリスは、表面は紳士的に、実質は残忍に狡猾に、アジアをそして世界を支配していきました。
    当時のアメリカは、建国まだ100年にも満たない若い若い国でした。(何しろ、川柳の歴史より新しい!、のですから。)
    アメリカは、砲艦外交で幕府を脅す反面、友好的な面も見せて(イギリスの侵略性など世界情勢を説く)、日米修好通商条約締結に漕ぎつけました(1858年)。
    アヘン戦争以後、イギリス(をはじめとする欧米列強)に蹂躙された清国や清国人の様子は、高杉晋作など幕末の志士が何人も目の当たりにしているのですが、まぁNHK番組では描けないところなんでしょう、きっと。
    すみません。
    このくらいでご勘弁を。

  3. とまと・デス on 2015年9月28日 at 10:40 PM :

    ありがとうございます
    m(__)m

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