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 今更ながらの話しであるが、私は子供の頃に肉嫌いだった。魚介類は食べるが、豚肉や牛肉、鶏肉は食べられなかった。人間と同じような赤い血が流れている動物(哺乳類・鳥類)のものを口にするということがどうしても嫌だったのである。
 両親と3歳年上の姉との4人家族で毎朝、毎夕食卓を囲む。肉を使った料理だと、私だけが別の肉無し料理を作ってもらい、それを食べた。今から思うと、随分神経質で気難しい子供だったと親に対しては心の中で反省している。母親に料理の支度でどれほど手間をかけさせたことか。何十年経っても後悔しきりである。一つだけ付け加えると、カレーだけは食べた。肉を入れてあっても、それは撥ねて盛り付けず、ジャガイモやニンジン、玉ねぎなどの具材をおいしく食べた。それ以外の料理は、肉が混じっていると箸を付けなかった。
 そういう生活をしながら、肉を食べないこと、食べられないことを内心密かに恥じていた。友達と食べ物の話題で会話をすると、肉嫌いのことは伏せながら話しを合わせていたのである。
 小学校の給食もきれいに肉をはじいて食べていた。料理を残すと先生に叱られるので、肉だけをパンに包んで持ち帰り、内職している母に渡して食べてもらっていた。
 さて高校を卒業して親元を離れ大学に入る。四畳半の学生生活は外食が中心となる。上京して初めての夜、下宿の隣部屋が大阪出身の同じ大学の新入生だったということで友達になり、夕食を一緒に食べに行った。その友達は大阪弁丸出しのコテコテの関西人だったが、ラーメンライスというものをまだ食べたことがないと言う。一緒にラーメン屋へ行ってラーメンライスを注文しようということになった。今から考えると、たかがラーメンライス、ラーメンにライスを注文しただけの話しなのだけれど、18歳の二人にとっては人生初めての挑戦だった。
 いざカウンターに並んでラーメンとご飯を交互に食べ始める。私のラーメン丼は最後に汁とチャーシューだけが残った。その姿を友達には見せたくない、見られたくない。肉が食べられないなんて、恥ずかしくて話せない。えいやーっと決意してチャーシューを箸に挟んで食べてみた。何と美味しいことか。生まれて初めて食べた旨さだった。友達が独り言のように「好物というのは最後に食べるもんや」と関西弁で呟いた。全然私の肉嫌いのことを理解していなかったようだったが、改めてそのとおりだと感じた。
 私がチャーシューに手を付けたのは、これからの大学生活、外食でいろいろな店に入るだろうが、肉無しの料理を選んで食べることはおよそ難しいだろうとその時にふと気がついたからである。ラーメン屋でも何でもおよそ肉を使っていない料理はほとんどないのではないか。そのことを思わず悟って(観念して)、180度の方向転換、宗旨変えをしたのだ。以降それからの大学生活は、焼肉でもとんかつでも今まで食べてなかった分を取り返すように食べまくった。下宿で料理する時も肉を入れたものをいろいろ作った。
 食わず嫌いというのは厄介な存在である。たまにいい歳をして肉が食べられないという輩に会ったりするが、肉に対するアレルギーを持っていないというのに肉の美味しさを過去に経験できなかったというのは、人生における大きな損失である。私は18歳の大学生になる時に、肉の旨さに気がついてこれを改めることが出来た。これが人生の後半、50歳、60歳になるともう難しい。知り合いに典型的なメタボ、ビール腹の男がいる。この人がかつての頃の私と同じように肉が食えない。宴会で豚の角煮やローストビーフが出てきても一切箸を付けない。隣にいた私が、こんな美味しいものなのにと呟きながらそれらを全部食べたことがある。
 鶏肉の鳥肌が気持ち悪くて食べられないというのも勿体ない話しである。フライドチキンを騙されたと思って一口食べてみれば、今までの鶏肉を食べていなかった人生は一体何だったのか、と即刻反省して大好きになるだろう。
 方向転換は若いうちにしか出来ない。齢を重ねるにつれ、思考の柔軟性は失われ、一から出直すということも出来なくなる。肉を食うこと、肉の旨さに気づくことにも年齢的な限界というものがあるのだろう。これは可哀そうなことかもしれない。
 肉が食べられない生活があまりに長いと、今更肉を美味しく食べて人生をやり直すことはもう無理となる。これはそれまで肉を食べて来なかった人生を否定するような話しにつながってしまう。人生の中で食生活は大きな部分を占める。肉が旨いか不味いかの客観的な議論を超えた大きな問題なのである。
 というような訳で私はそれ以来食べ物の好き嫌いはほとんどない。



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