Loading...Loading...

  口三味線で友のエレキの後を追う

 川崎市立玉川中学校3年D組時代の出来事です。M君をリーダーに、Y君E君K君をメンバーに、エレキバンドが結成されました。担任は柔道愛好者の英語の教師、東京から転任したばかりのY先生、〈スッタモンダがあったとかなかったとか〉教室でのコンサートを承認しました。「時代遅れの少年」だった団扇は、楽譜も見ないで演奏する〈ベンチャーズのパイプライン〉にただただ呆れるばかりでした。別の友人に電話で確かめたら、クラスごとに行われた謝恩会だったようです。団扇はI君と即興の漫才をやりました〉

同じ時代を生きるということは、役どころは異なっても、大切な意味を持ちます。寺内タケシさんの訃報を聞いて、思い出したのはこの「事件」でした。スマホは便利ですね。〈ベートーベンの運命〉と〈津軽じょんがら節〉の聞いています。M君と昔話をしたいところですが、彼はアメリカで焼き肉屋さんを経営しています。

 



この投稿を読んで「いいね」「参考になった」と思ったらクリックをお願いします。
なお、Facebook、Twitterなどのアカウントをお持ちの方はそちらをクリック頂き、また、「ひざポン」ボタンもクリックください(ひざポンは無記名ボタンですのでお気軽にクリックください)。

今日の一句 2021・6・23”にコメントをどうぞ

  1. 太田 紀伊子 on 2021年6月24日 at 3:21 AM :

    団扇様
    私は五線紙が読めませんでした。中2の時若い女性の音楽の先生として赴任してきたI先生。
    初めての授業の時、みなさん校歌を歌って聞かせてくださいとおっしゃるので48名のクラスで歌いました。
    そうしたらI先生は五線紙に音譜を書いてゆくのです。そこで私はカルチャー^ショック その先生の時にはには男子たちも蛇やカエルは持ち込みませんでした。
    喜寿祝の同窓会にがっ国の先生になった男性Isantoその話をして、私だけでなかったと懐かしい思い出話になったのです。ありがとう。

  2. 植竹 団扇 on 2021年6月24日 at 1:02 PM :

    紀伊子さん、お久振りです。口三味線のチントンシャンは音程とリズムの両方を表現しているのだそうですね。高校の音楽の先生は、全員に即興の作曲をさせました。それを順にピアノで弾いて全員に聞かせるのです。♪の長さは理解できるけれど、音程が表現できない団扇の曲は、「あっ、それ僕の曲ですか」という感じでした。いろいろなことを思い出しますね。

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K